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ビスヌさんの手記

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ビスヌさんの手記

【まえがき】

 学校での暴力。今の日本では、許されないものとして社会的な評価も厳しくなっています。社会からの関心が高い分、暴力を許さない環境も整っており、今の日本では、ひとたび「学校での暴力」があればニュースに大きく取り上げられ、当たり前のように追及されます。

 では、こうした環境がない場所で起こる「学校での暴力」を想像してみてください。頼れる人がいない、通報する手段がない、相談しても対応がない、社会的な評価や関心がない…。今、私たちが住む日本ではあまり考えられないことかもしれません。しかし、これが現実に起きる場所もあります。日本の西、約5000キロ、インドと中国の間に「ネパール」という国があります。今日皆さんにご覧いただくエピソードは、このネパールで実際にあった「学校での暴力」に関するお話です。

~自己紹介とお話しする気持ち~

 こんにちは。ネパールのナワルパラシ出身のビスヌです。私は耳が聞こえません。小さい時は聞こえていました。父は私が医者になることを夢に見ていて、たくさんの愛情を受ける一般的な家庭で育ちました。まじめで勉強熱心な子でした。

 小学5年生の時、私の人生が大きく変わる出来事がありました。それは、偶然の出来事でも病気でもありません。ある先生の行動です。今でもその暗い過去を思い出すと怒りと心の痛みが私を襲います。私はすでに現実を受け入れていますが、私の経験を皆さんと共有したいと思います。

~学校での出来事~

 私が小学校5年生の時の話です。雨の多い季節で、田植えに忙しくなる時期でもあります。突然、祖母が亡くなりました。葬儀がひと段落するまでの9日間、私は学校を休むことになりました。

 葬儀などがひと段落して登校を再開した初日、3時間目の英語の授業の時です。その先生は、前日に宿題を出していてその答えを生徒一人一人に聞いて回っていました。私の番がやってきましたが、当然私はその宿題を知りませんでした。

「先生、私は9日間欠席していました。」

先生は怒って私に尋ねました―「どうしてだ?」

「祖母が無くなってしまったもので…」

先生は、私の髪を左手で引っ張りながら、

「立派な生徒だと思っていたのに、9日間学校を休んだ?恥を知れ、バカもの!」と言いました。それから、彼は何度も何度も私を叩き続け、激高していました。私を一通り殴り終えた後、その先生は誰にも言うなと警告しました。さもなければさらに厳しい罰を受けることになると脅しも受けました。

 私は顔を伏せて、その時間もその次の時間もずっと泣いていました。この日、私は昼休みになって他の授業は受けずに帰宅しました。

~母との会話~

 家にはいつも幸せな気持ちで帰っていましたが、その日は違いました。母は、すぐに私に何があったのかを尋ねました。母を見て私は涙をこらえることができずに、先生に叩かれたことを話しました。母は先生の名前を私に尋ねましたが、私はその時すぐには言うことができませんでした。母がその先生に名前で学校に連絡し、さらに叩かれるのではないかと思ったからです。

 母は夕食後に何度も私を説得して学校に不満をぶつけないとも話してくれました。そして最後には、私は母にその先生の名前を告げました。

~耳の痛み~

 母に先生の名前を告げたまさにその日の夜。ひどい痛みが私の耳を襲いました。その痛みは眠りにつくまでの数時間、さらに次の日まで続きました。痛みがなくなると、空気で膨れたような、空気が遮断されているような感覚を耳に覚えました。そして、日がたつごとに私は聴力を失い続け、ついには何も聞こえなくなりました。その後、病院にも行きましたが、聴力を取り戻すには遅いといわれました。

~私の失聴と学校の対応~

 学校の先生たちは徐々に私の失聴について把握するようになりました。心配してくれる人もすぐには現れませんでした。4,5ヶ月ほどたったある日、私を叩いた先生とは別の先生が家に訪ねてきました。私は、勇気を振り絞ってその先生に真実を伝えました。しかし、その結果は“失望”でした。

 その先生は、私の言うことを信じてはくれず、失聴は何かほかの原因があったのかもしれないと主張したのです。私と会って話した後に、学校では職員会議も開かれたそうなのですが、私を叩いた先生に対しては何の措置もありませんでした。私は学校側の対応に不満と不信感をもっています。

 またあの先生に叩かれるのではないかという私の不安は続きましたが、その先生が再び私を叩くことはありませんでした。

~私の今と願い~

 私は今、大学で1年生として勉強しています。地元の耳の聞こえない小学生レベルの生徒に対して教える活動もしています。成人式の後、私は一度あの先生との出来事を告訴しようとしましたが、その気持ちには結局ふたをしました。私の国の長い間変化がない信頼の低い法制度を突破できると思わなかったからです。そして非情ですが、叩いた先生も私の先生であったことに変わりはありません。私はその先生を許して、過去を忘れて今を歩んでいます。

 私の経験とこの話が、同じ状況を作り出そうとする人の気持ちを静めますように…。そしてこれからは私のような経験をする人が現れないようにと願っています。

読んでいただきありがとうございました。

【おことわり】

 このエピソードは、寄稿者の方のご厚意で頂戴した原文をデフシルスタッフが一部編集してまとめたものです。本件に対する詳細の問い合わせや、内容を引用しての活動、広報などを行うことは固くお断りいたします。また、この文章には諸外国の法制度を批判する意図は一切ありません。

寄稿者:Bishnu Mager

校正/編集:やすだうみ(デフシルスタッフ)

貝森 蓮 (日本語訳担当)
貝森 蓮 (日本語訳担当)

スポーツをするのが好きで、最近は顧問になったソフトテニスに挑戦中。
大学四年時に休学をしてバンクーバーにある語学学校に留学。英語の発音や発声について学ぶ。日本に帰国し、英検一級を取得。
英語教育に関する本を読み、自分のクラスで実践することにはまっている。
夢は岩手県の英語教育を牽引するような教員になること。

日本手話/日本語字幕付

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